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関西一日目『聖地巡礼』

 三連休で、ちょっと関西に行ってきました。
 一日目は、朝から檸檬来夢さんと聖地巡礼へ。


 京都からJRを使ってたどり着いたのは、兵庫県三田(さんだ)市。目的の場所は、『心月院』というお寺。

 こちらが心月院です。目的は、あの白洲次郎のお墓参り。
 二年くらい前から、行きたいなぁ……と思いながら、果たせずにいた念願の聖地巡礼。

 さっそく墓所に向かったのですが、これが結構広い。なにせ心月院は、三田藩の殿様だった、あの水軍で有名な九鬼家の菩提寺でもあるのです。ちなみに、白洲次郎のご先祖も代々九鬼家に仕えた武家でした。
 墓所に置かれた案内板を頼りにお墓に向かっていると、妙に大きなお墓が。いや、形は普通なんです……


 どうやら、九鬼男爵のお墓のようです。
 これだけでは大きさが良く分からないので、身長180センチの檸檬来夢さんに、お墓の前に立って貰いました。


 どう見ても、大きすぎです。
 何かしら飾りなり装飾があればいいのですが、単純にスケールアップしただけ。倍率2.5倍といったところでしょうか。心月院のお寺自体も、説明に「装飾が少なく質実剛健」みたいな紹介がされていたので、どうもこの一族はこういう方法を好むようです。
 この時点で、白洲次郎と父の文平だけでなく、どうも殿様も変わっていたという気がしてきました。

 ちょうどお寺を訪ねた日に、『白洲家三大の軌跡展』というのが始まっていたのですが、そこで白洲次郎の祖父である、白洲退蔵の紹介がされていました。それによると、黒船の内情を探ろうと、白洲退蔵は補給の水を入れる樽に入って、黒船に忍び込んだというのです。
 白洲家の一族は変わり者が多い、というのを確信してしまいました。

 さらに奥さんの白洲正子が立てたという白洲次郎のお墓を見て貰えば、白洲次郎だけでなく、奥さんも変わっていたというのが分かると思います。
 さあ、これが白洲次郎、正子のお墓です!


 円墳の上に立てられ、名前も彫られていない石の板が二人のお墓です。
 五輪の塔をモチーフにしたこのお墓、右が次郎で、左が正子のお墓で、それぞれ不動明王と十一面観音の梵字が掘られています。
 材料はどこともしれぬ料亭で使われていた石橋。職人さんは「お墓に使い古しの石なんて……」と思ったそうですが、『韋駄天』正子の「買ったッ」には勝つ事が出来ず、それで白洲次郎のお墓を作る事になったそうです。
 「旦那さんのお墓にそれはないのでは」と普通の人なら思うでしょうが、白洲正子はノリノリ。あまりの出来に惚れ惚れとして、「私もこれにするわ」と言って二人ともこのお墓になったそうです。
 ある意味、似たもの同士。夫婦になるのは必然だったのかもしれません。

 駅に向かいながら、ぶらぶらと三田の町を回ったのですが。こんな雰囲気の良い家があったり。


 なんの変哲もない日本家屋が。


 実は昔の教会だったり。


 九鬼家の殿様が明治に建てた屋敷が。


 一部だけ、洋風の造りだったり(内部も、この部屋だけは畳はひいているものの洋風らしい)と、なかなか楽しめる町でした。


 この後、有馬温泉に入ってビールとワインでソーセージを食べました。


 さらに移動後、新今宮のガード下のホルモン屋でビール。その後、みんなと集合して新世界で飲み会……すごく、アルコール漬けでした。

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2007.09.18 | | Comments(0) | Trackback(0) | 雑記

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